繰り上がりでつまずくのは、なぜか
2 + 5 に答えられる子が 7 + 5 で止まるのは、数が大きいからではありません。繰り上がりを3つの手順に分けて見ると、どこで止まっているかが見えます。
7 + 5 に1秒で答えた子と、12秒かけて答えた子がいます。
答えはどちらも 12 で、採点すればどちらも ○ です。
けれど、この2人に起きていることは同じではありません。
1秒で出てくる答えは、思い出したものです。12秒かかった答えは、 その場で作ったもの——指で数えたか、10 をつくって足し直したか。 どちらも正しい答えにたどり着いていますが、次の段階に進めるかどうかが違います。
27 + 15 のような式では、一の位の計算をしながら十の位を覚えておく必要が
あります。一の位に12秒かかる子には、そのあいだ十の位を保持する余裕がありません。
つまり速さは、それ自体が目的というより、次の計算のための余白です。
このドリルは、1発で正解したときの時間を3つに分けています。 4秒未満・10秒未満・それ以上。丸印がそれぞれ違います。
4秒は「思い出した」と「作った」のあいだのあたり、10秒は 暗算になっていないと言い切れるあたりに置いてあります。 画面には時間バーが出ていて、いまどのあたりかが解いている最中に見えます—— 基準を隠さないためです。あとから「遅かった」と言われるより、 走っている線が見えているほうがいい。
この2つの数は、研究から引いた値ではなく、この画面で解いてみて決めた値です。 入力はテンキーなので、指の速さの差も入ります。 絶対的な線ではなく、同じ子の中での変化を見るための線だと考えています。
制限時間つきの計算テストは、算数を怖いものにするという批判が長くあります。 時間に追われると、できるはずの計算まで出てこなくなる。 そして「算数が苦手だ」という自己像が、実際の力より先に固まってしまう。
これは的外れな批判ではありません。速く答えることを目的にした瞬間に、 練習は競争になります。競争は、勝っている子には効きますが、 いちばん練習が要る子を降ろしてしまう。
だから、測りかたのほうを狭めてあります。
測ること自体が悪いのではなく、測った数字を何に使うかが問題なのだ、 という整理です。にがて度の材料として使う(遅い種類を多めに出す)のと、 その場で子どもを急かすのとは、別のことができます。
速く答えられるようにする練習、というものはありません。 速さは、覚えたことの結果として出てくるものです。 だから遅い種類が見つかったときにやることは「もっと速く」ではなく、 その種類をもう少し多く出すことになります。
平均時間をにがて度の材料の1つにしているのは、そのためです。 重みは正解率より軽く置いてあります(まちがえるほうが先だからです)。 測りかたの中身はにがて度の測りかたに書きました。
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かける順序を入れ替えた組を1つと見れば、覚える量は半分になります。最後まで残るのがどこかと、段ごとに分けて練習する意味。
□ + 5 = 12 は、たし算の顔をしたひき算です。解くには「=」を「答えを書くところ」ではなく、左右が等しいと読めている必要があります。
まちがえる・解けるが遅い・しばらく触れていない。3つの顔を1つの数にする方法と、苦手なものばかりを出さないために足したもの。
どれも、それぞれ別に公開しています。無料で使えます。 入り口へもどる プライバシーポリシー お問い合わせ